Posted by kickable on 2009年 8月 1日 – 11:53 PM
いまは「1Q84」を時間をかけて読んでいる。いまだ上巻の半分。
『アンダーグラウンド』的なノンフィクションを、
往年の村上春樹節で「お話」として再構築している印象を受ける(劇中の天呉と同様に)。
60年代の新左翼系のお話が堪らなく面白い!
そのせいで、時間をかけて読みたいのにどんどん進んでしまって困惑。
なぜか、映画「カポーティ」を思い出してる。
そして、まだ1Q84を読み終わってもいないのに「冷血」が読みたくてしょうがない。
また、読書サイクルがめぐってきたようだぜー。
(DVDはしばらくおやすみ)
Posted by kickable on 2009年 3月 13日 – 1:37 AM

「八番筋カウンシル」
記久ちゃんの書き下ろし『八番筋カウンシル』が、芥川賞受賞後に出版となっていた。
中盤までは、久々にのっけから引き込まれず、ふあんになってしまうほどだったけれど、
後半の怒涛の追い上げに全神経を持っていかれてしまった。
なんだかんだいって、いつも登場人物ときもちが見事に併走する。
小説にあった”外にいて酒や他人を必要としなければ幸せを感じられない”人間にはなりたくないけど、
お酒にも他人にも「また再会したい」と思える暮らしでありたいなーと改めておもう。
先日、本好きの人に、彼女を上手に紹介できなかったことを悔やんでいる。
ふあんの最中だったのもあったろうし、審美眼のある人を目の前にしてびびってしまったのもあったろう。
それでももっと巧く褒められたはずで、いつだって後悔が先にたたないものですね。ちえ。
Posted by kickable on 2009年 2月 25日 – 7:27 PM


いろいろ先の予想も立ってきて、だんだんと落ち着いてきた。いつだって峠を越す前が一番しんどい。
あとはある程度マッピングされた事をこなしていくだけ。そうおもう。そうおもおう。
振り返ってみると、心が散漫になったときは、小説に没頭することが多い。
今月は、気に入っていた津村記久子さんの本を全て読了してしまった。
さみしくてしょうがないなー。
あの体験は、「読む」という感覚ではなく、
友人のユーモアに笑い、友人のつらさに心を寄せるような行為に近かった。
いまや彼女をこころで「記久ちゃん」と呼ぶぐらい、マブ達(きぶん)に!
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「カソウスキの行方」
「君は永遠にそいつらより若い」
「ポトスライムの舟」
Posted by kickable on 2009年 1月 17日 – 3:35 AM
お休みが嬉しすぎて眠れない。もう3時半!あっというまに昼夜逆転してしまうわー。
さて、12月にはまった津村記久子さんが、年明けに芥川賞にノミネートされ、なんとそのまま芥川賞受賞!
という、ある種啓示的な出来事に遭遇した。
人は『また会おう』と思える他人に支えられていると思う。
ひと:津村記久子さん より
し、シンプルだけど、ふ、深い。
しかも、いまのわたしの気持ちの核に寸文の狂いなく突いてくるあたりが、す、すごい。絶句。
『ポトスライムの舟』は、まだ未読なので文藝春秋3月号がでたらすぐ買おう。
にがつのとおかね!
Posted by kickable on 2008年 12月 29日 – 2:02 AM

『婚礼、葬礼、その他
』
この人は普通の人なんだろうな、と思う。
特に表立ってユニークでなく、ましては人間関係においてイニシアチブも持てないような
(つまり「人を呼ぶ才能」のない)、ふつうのひとなんだろう。まさに自分のような。
けど、津村さんが圧倒的に凄いのは、そういった人々の「代弁者」になれる力(表現力?本能?)
が、あるからなんだろうと思う。この立場から本を書く作家さんがいたのか、と震える。
今回の主役はヨシノ。
話を聞いているうちに、次第にヨシノの頭の中では、
是が非でも行かなければ、ということになってきていた。
そして二次会の幹事と、できればスピーチを頼みたいのだがと告げられ、
ああまあうんいいよまあうん、などとうなずいてしまい、
話が終わる頃には、少しでも友達の役に立ちたい、という思いと、でも幹事かよ、
という辟易でわけがわからないことになっていた。
ああああ
わたしも何度この展開になったことかわからないよ、ヨシノ。